第二章 -変貌と消失-
数千年前、数百年前のある出来事―
◇
「マスター」
「ああ、アナタですか。どうかされましたか?」
「いえ、どうというわけではありませんが。御体の方は…」
「大丈夫ですよ。これが完成すればどうせ私は―」
「それ以上は!」
「…少し冗談が過ぎましたね」
「…どれくらい進んでいますか?」
「そうですね…30%と言うところでしょうか。何せ"多くの人"を移民させますからね」
「…すみませんこの様な利用する形になってしまって」
「…後で私と一緒にラボによってくれますか?」
「アナタが私を必要とするように、私もアナタ―が必要なんです」
◇
"イレギュラー"
それは排除しなければいけない存在。
イレギュラーの決定権限はヘブン、及びマザーそれ以上の"存在"。
その決定に背いてはならない。
これは命令(コマンド)である。
「トリッガー君」
「…!どうされました?マスター」
"考え事"をしていると突然マスターから声をかけられる。
「あとで私の家に…」
「はい」
マスターの笑顔に私は笑顔で返す。もうこれは定期的に行われるプログラムのようになってきているが、一度もそうとは感じなかった。
「それじゃあ、ライブラリにも乗っていない"昔話"をしましょう」
マスターは私にいつも"昔話"をしてくれます。そして懐かしむ顔に時折悲しさが混じり、涙が零れることもあった。
だから私はそのひとつひとつを大切にする。
「今回はこれでおしまいです。また今度聞いてくださいね」
「はい。マスター。それではまた」
そのお返しとは釣り合わないけれど、私の精一杯の笑顔を見せる。するとマスターは必ず、
「ふふっ」
笑うのだ。自然に―
◇ ◇ ◇
―テュレース島
「や、やっぱりやめよーよぉ」
―遺跡内
『何を今更。リーバードが怖くてディグアウターやってられるか!次右な』
―少女がメインダイバー
「うひー。だってさぁ、リーバード一向に出てきてないよお?」
―少年がオペレーター
『だから今、それを調べるために潜ってるんだろ』
「ギルドが今調査中って…」
『稼げないだろ?』
「そうだけどぉ…」
『そろそろ中層に入るからな』
「うぅ〜」
『…帰ってきたら。お前の好きなデザート作ってやるから』
「わーい!っていやいや、そんなのじゃつれません」
『ちっ』
「あ!今舌打ちが聞こえた!」
『気のせいだ』
「なんか納得行かない…中層に入るよ」
『了解』
「ところでさもう一度確認するけど、本当に大丈夫ぅ?」
『だから大丈夫だって。エネルギー系が効果が無いって聞いたからな、物理系で』
「ニードルにドリルかぁ」
『ニードルはマシンガン、ドリルはワイヤーがついてる。戦闘と探索を兼用だな。ニードルは無くすなよ、希少な鉱物使ってるからな。間接部分とか狙えば突き破るくらいは可能だ』
「わかった」
『OK…準備できたぞ』
「じゃ進入〜………あっれ〜?なんだかんだ言って―」
◇ ◇ ◇
「整備用通路か…まさかこんなところを通るなんてね」
足音が響く。整備用の通路と言っても車一台が通れるくらいの広さと、壁がリーバードの出入り口になっている事位しか何の変哲の無い通路。
「お、あった」
『さっそくで悪いが、接続してみてくれ』
「わかりました」
『"エデン"は飛び出るわ、ヘブンとは接続できなくなるわ、扉は閉じてるわ…もうやんなっちゃうわねぇ…』
通信機越しからユーナさんの声が聞こえてくる。ボクはコンパネを操作しながら耳を傾けていた。
『こちら側を遮断されている。これはシステムに侵入…いやシステムを乗っ取っとられている』
『私達、まだ"マザー"として認識されてない、一番手薄な時を狙われたわね』
『これからどうなるの?』
不安そうなトロンちゃんの声が聞こえた。
『"エデン"を動かされた以上地上のデコイが危ないって事は確かね…』
『そんなっ!?お兄様達が…』
『しかもあれはNo.0―言わば"エデン"の親機。"エデン"の修復機能を持っている』
『…つまり?』
ロールちゃんが恐る恐る尋ねる。
「繋ぎましたよ」
大きな扉の動く振動がこちら側にもわかる。
「先に行っててください。ボクが粗方先のほうも動かしておきました。ロールちゃんつまりね…起動していないエデンを動かすことができるってことだよ…」
『っ!!』
悲鳴の混じった驚きの声。
「セラさん。この先たしか…」
『おそらく必要だろうな』
「じゃあ行ってきますね」
独特の切断音。通信を切った、というより切れた音。ボクは走りながら通信機を確かめる。
こんなところでも通信ができる、そんな物を造って持ってきたロールちゃんはやっぱり、ロールちゃんだなと思った。
広い通路に出る。ヘブンの記憶をたどれば、すぐ近くにディフレクター保管庫。ディフレクター保管庫といっても大きくは無くて、本当に十数個くらいしか置いていない。そう、保管庫はいくつもあるからだ。
扉を開けると未だに動き続けるシールドにさまざまな色や形を持つ結晶体はエナジーフィールドを発生させないように守られている。その輝きはどことなく、リーバードの命のように感じられた。
手ごろなディフレクターを数個持ち出して、みんなのところへ駆け出そうと保管庫を飛び出したその時―
「わっ!?」
ガンッ!
何かに躓いた勢いで倒れる。
「一体何が…あ…!」
ぶつかったのは、リーバード。ボクは反射的に左手を向けた。だけど―
「ほっ…」
向けた手を下げる。それは非戦闘リーバード。溶接器具やドリルなどのを見る限り修復作業用だろう。ただおかしい点を言えば、
ギュギュピーーー!
「青い…」
泣き声のような反応音を上げるリーバードの瞳は通常とは違って青く光っている。その光は綺麗、とは言いがたく少し濁った青色の光だった。
「どうして…って急がないと!それじゃあね!」
リーバードは持ち場へと移動を始めていた。
◇ ◇ ◇
『(警告!"エデン"NO.0に異常が発生。修復機能作動中。ヘブン内部に損傷有り。被害度調査中…)』
『完全停止していた所為ね。…修復作業を優先的に』
『(了解。…注意!システム処理能力が著しく低下しています。ヘブンシステム二分割化を実行しますか?システムに直結する"ヘブン"及び"マザー"を物理切断。復旧作業にシステム全体の90%を使用します。これにより一時的に"ヘブン"及び"マザー"からシステムへのアクセスが遮断されます。)』
『…リーバード"再建モード"への移行を一時中断し、二等粛清官の凍結の解除を優先。二分割化を実行』
『(了解……報告。ヘブン内部損傷率5%。…これより二分割化を開始)』
『…スタンバイモード』
◇
―ガシャン、ガシャン
「!!」
―ガシャン…ガッガッ
「―――」
―ガッガッガガガ…ギュルッギュル……ガシャンガシャン
「〜〜っ!!」
―ガシャンガシャンガシャン…
「はあああああああああああぁぁぁぁぁ…」
『で?何か気になるところはなかったか?』
「そんな余裕ないよお」
『…はぁいつもと変わんないなお前』
「変われって言うほうが無理っ!」
『まぁいいさ。それにしても、迷う要素が無いな大遺跡は。平たく言えば巨大な円柱の形、中央部と両側に移動用エレベータ…が中層部まで続いてる』
「そこまで調査済みなんだよね」
『そう、だから俺たちでその先を行くんだよ』
「いや、だから無理だと―」
『!!二時に高速移動するリーバード!そっちには向かって来てないが気をつけろ!』
「うひぃぃぃ」
◇ ◇ ◇
「物理…切断…だと?」
「あらら…そんなやり方までするとはねぇ。何が目的なのかしら」
「もしかて…あのプログラムを?」
マザーエリア内、システムルーム。セラは苦渋の表情をモニタに向けていた。理解できない言語で表示される文字を、ただ見ることしかできない二人にとって疑問を投げかけるしかできない。
「あぁ…それはないわね。セラちゃんとトリッガーの戦いが終わった後、プログラムは消去されてるから」
「よかったぁ…」
「"プログラムが実行"できないわけでプログラムと同じことは実行可能だ」
「ちょっとセラちゃん…」
「ユーナ。もう当事者だ、知らないわけにはいかないだろう?」
ユーナはマチルダの表情を渋くさせた。
「…人類再生プログラムは地上に存在するデコイを全て消去し、本来いた人類を遺伝子コードなどを使って再生させるものだ。これはもう知っているな?」
「え、ええ…でも本来いた人類というのは一体誰なんですの?」
「その質問は後だ。このプログラムが実行されると、"エデン"シリーズの起動そして"エデン"の職員が地上に降り立ちデコイと施設…お前達の言う遺跡以外の建造物などを消去する。その後―」
「どうですか状況は?」
扉から現れたのはロックだった。
「物・理・切・だぁーん」
ユーナはお手上げを言葉と体で表現する。
「相手がどこにいるかまだ特定できていない以上、ここにいても仕方ない」
セラはパネルを操作し、
「ここに向かうんだ」
モニターに表示されたのは、
「テュレース島?」
三人は声をそろえた。
「なんだ、トリッガー覚えてないのか?ここには大きな施設があるだろう。そして、唯一とまでは行かないがヘブンと直接通信が可能な施設の一つだ。」
「なるほど…でも何故?」
ロックが疑問を投げかけると、
「地上という可能性も無くもない」
「それじゃあ私が地上ね」
「ああ、頼んだ。いつでも通信可能な状態にしておく」
ユーナは振り向き、ロールとトロンの表情を伺う。
「…だーいじょうぶよ。ぶっちゃけて言うと、そこまでまともに動ける状態じゃないからね。しばらく何もできないわよ」
ユーナは陽気に言うが、あまり二人には伝わらないようだった。
「あ!じゃあ私は端末取って来るわね。トリッガー。先に出発準備整えておいて!」
セラが言葉を続けようとしたそのときに、ユーナは突然声を上げ、システムルームから出て行く。
「端末?って何のですの?」
「あ。アレはロールちゃんのお母さん、マチルダさんの身体でユーナさんの本体つまり、端末は修理してたんだよ」
「ふーん…」
「じゃまたシャトルベイに戻ろう。それじゃあセラさん」
「ああ…」
◇
大型シャトルベイに取り残された、三体―
「うぅぅ〜トロンさま〜どこですか〜?」
「外にリーバードが…ヒィィ〜!」
「ボクたちどうなるのでしょうかー」
ロケット発射前、どさくさに紛れたコブンがいた。三体はロケットの空いたスペースでまとまり、震えながら小窓を覗く。その先には修復用リーバードが活動中だった。
「と、とりあえずトロン様が帰ってくるまでここで待機だー」
「お、おー!」
「ラジャー!」
まるでリーダーのように赤いヘッドパーツのコブンが言う。そしてこの三体はロケットの入り口が開いたままなのを知らない。
◇
三人がロケット内に入ってからコブン三体に気づいたトロンが驚きと怒りを見せたが、あまり時間はなく急いで整備を始める。
「どうして気づかなかったのかしら…まったく」
「まぁまぁ。この子たちもアナタの事を心配してたのよ。ね?」
「ハイー!」
三体は声をそろえる。
「ま、人手が足りなかったからよかったものの…あなた達帰ったらオシオキだからね!」
「ヒィィ〜!」
ロケット飛行開始準備が整った。
ロックがロケットを魅入り、ロールはそれをうれしそうに説明していた。たとえそれがどんなにロックにとって"ありきたりなモノ"であっても。自慢げにロケットのすごさを熱演するトロンをロックは本当に無邪気に褒める。
「ありがとう」
ロックがそう言うとロールは微笑み、トロンは顔を赤らめてソッポを向き、
「べ、別にロックの為にしたんじゃないんだからね!そ、そう!ロールのお母さんの為よっ!」
ロールとロックが微笑むと、
「わ、笑うなー!」
三人がはしゃいでいると、ロケットの外からユーナが声をかける。
「トリッガーちょっと手伝ってー」
大型シャトルベイ、ロケット以外に何も無い空間に端末に戻ったユーナがそこに立っていた。脇にはマチルダの入ったカプセルのようなものが浮いている。そこにロックは駆け寄った。
「トリッガーちょっとこれ…」
「通信メソッドですか?」
「私が身体を借りてる時はガガとヘブンを経由して通信してたけど、端末が戻ったから直接できるようになったのよ。もちろん―」
「―!セラさん。…はい。わかりました」
その様子を見ていた二人は側に駆け寄っていた。
「お母さん…」
すぐ側のマチルダに気づいたロールは安堵と困惑の混じった表情を浮かべる。
「大丈夫、ちゃんと意識はあるから。今はちょっと眠ってもらってるだけよ」
「はい…」
「地上に戻ったら感動の再会ね」
ただ、この空間に無いモノは、本当の明るさだった。
◇ ◇ ◇
『―只今臨時ニュースが入りました。謎の飛行物体が大遺跡付近に墜落した模様。繰り返します。謎の飛行物体が―』
テュレース島にそんなニュースが流れた午前。島の人々は怯えた声を上げる。刺激が多すぎたこの島の人々にとってこのニュースは、不安を掻き立てるだけだった。
◇
ドンッ―
「きゃああああ!」「キャッ!」「うわっ!」「わー!」
コックピット内に激しい振動音が響き、ドアや窓が叫び、振動で平衡感覚を一瞬で失う。
「破片が当たったのよ!せっかく逃げ切ったのに!」
「あの子達が!!」
ロックはシートから離れ、
「ボクが見てくる!」
ロールとトロンは操縦、ユーナはまだ本調子ではない、誰も止められなかった。そしてロックが元のシートに座ることは二度と無かった―
「ううううううわあああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「ああ!ロックさん!」
「…よっと」
開いたハッチから落ちそうなコブンを助け、閉じる。
「怖かったぁ〜ありがとうございますぅぅ」
「ホラ、トロンちゃんが心配してたから」
「ハイィ〜」
ロックは見送りながら耳に手を当てる。
「『聞こえますか?ユーナさん。衝撃でハッチが空いただけみたいです今閉めましたから大丈夫ですよ。ほかに異常がないか見てきます』」
まだ慣れていないのか、口から漏れていた。
エンジン部付近へと足を進めるその途中、
「ん?あ、ボックスだ。何が入ってるんだろ…ってコレ、パーツと…武器だよねこれ。…もって行こう」
ようやく尾翼付近に到達。
「よし、大丈夫みたいだな。さすがあの二人が造った―」
ロックは聞き逃さなかった。何かが蠢く音。その場所へ走り、叫んだ。
「誰だ!!」
反射的に手を向けた…がロックはすぐ手を下げた。そこにはヘブンで出会ったあの青い瞳のリーバードが溶接している。作業を終えたリーバードは、ロックのほうを向いて、
ギュピ―
「ありがとう…直してくれるなんて」
自分の持っている作業用のアームを収納していく、姿を見て不思議な気分になる。作業用のリーバードは何故ここに居るのだろうかと、近づこうとした―
パンッ―割れる音のような
「―え?」
この状況下において一番に思い当たるのは、ロック自信が考えたくも無いもの。振り向いて必死に探す、探す。見つけたくは無い、現実逃避。顔からは恐怖と汗が滲み出ている。
―カラ
シューズに何か当たった。視線が足元へと移動する。目を凝らした。見える。見えた。
「ボル…ト…」
―パン、パン!
「う、うわっ!!」
無数の風船が割れるようにまわりからボルトが弾けていく。そして繋ぎ目部分から違う音が出始めた。絶望の音が聞こえてくる。次第に音が―
―ギ、ギイイイイィィィ
おそらくフレーム部分が曲がっていく音。そう思ったロックは、
「ヤバイ!キミも早く!」
振り向いてリーバードの方を向いた。その時、ロックは声を失った。
―ガッ、ガッ
尾翼部の壁に突き刺さる、無数のアーム。それを伸ばしているのはリーバード、まるで自分を尾翼部分に固定しているかのようにも見える。
「―!まさか!直してたんじゃなくて、切り離すために?!」
―ガクンッ!歪み始めた所為で機体が激しく揺れだす。
「クッ!」
反射的に尾翼部から離れようとした時、その時ロックはこう思っただろう。
『なんでボクは最近、何かに躓くんだろうか』と、
―ガッ、「だっ!」バンッ!
激しいゆれで、離れたところに置いていたはずのボックスが動いていてしまい、躓いてしまう。側面から倒れたため、うまく受身が取れなったロックは動けない。音が更に大きくなる。絶望の音が迫ってきた。
―金属の擦れる音―
「ああっ」
―フレームが千切れる音―
「まっ」
―悲鳴―
◇ ◇ ◇
モニターの前でため息を漏らすセラ。
『助かった…まさか、"エデン"に攻撃されるとはね』
「想像もしなかっただろうな」
『っていうか、"エデン"の防衛能力なんてついてたかしら?』
「侵入者という可能性が有力…なのだが…」
『どうかしたの?』
「いや、安易に解除ができたのでな」
『…』
「ひとつだけ思い当たることがある」
『何?』
ひっそりと、気づかれないように、ユーナは息を呑む。
「侵入者…ではなくて」
『きゃあああ!』
「―!どうしたユーナ!?」
『あ、ごめん。うるさかった?』
「いや、状況の説明を…」
『いやーデコイが造ったモノに乗って空飛ぶのも考えようだったけど、自分の身を―』
「だから状況の説明を―」
『自己保存?懐かしい原則ねぇ、懐かしいを通り越して古い!だってそれ―』
「私にも限度というものが―」
『怒らないでよっ。セラちゃん最近よく喋るようになったからちょっと…』
「ユーナ…」
『私達って、話さないじゃない…?』
「…会話を必要としていなかったからな」
『…変われるかな?』
「"変わろうとする"のだろう?」
ロックが飛び出していた最中、ユーナは苦笑いを浮かべた。
◇ ◇ ◇
朝―
―抉られた山、それになぞる様になぎ倒された木々、折れて歪んだ尾翼部、
「すご…い、生き…てるっ」
目に涙を浮かべ疲れた声を上げる青い青年と、青い光を放つ瞳のリーバードがいた。
ロックの地上への生還だった。
◇
胸騒ぎがした。
「あっちか…」
朝―
何か山にぶつかるような衝撃音が聞こえた方向を見ると、青い空に砂煙が立ち上っていた。土砂崩れならあそこまで大きな音はでないし、砂煙からして恐らく墜落だろう。不時着なら空気抵抗の音やエンジン音が聞こえるはず。地震ほどではないが地面も揺れた。
パキパキパキッ―
「!!」
気づくのが少し遅れた。反射的に右腕を向けて構え、
―ドン!
倒れてきた木を吹き飛ばす。
「ふぅ…まだ現役か?」
右腕は異常なし。半分くらいなくなった木を見て、先に進む。しばらくして、
「これか…」
元は何かにくっついていたのだろうか外枠部分が曲がっていたり、ボルトがはまっていた所にボルトが無かったり。恐らく整備を怠ったのだろ―
「―キミは!」
鉢のような形をした中にあの青年がいた。どうやら気絶しているだけらしい。アーマーはボロボロ、武器も損傷して使えないよくそれだけですんだもんだな。
「それにしてもどうしてキミがココに?」
呼びかけても答えてくれるわけでもなく、とりあえず引きずり出そうとした。
―ガシャ
傍らに落ちていた箱の中から、彼の装備らしいものが出てきた。それを見た瞬間、何故だか懐かしいような、嬉しいような、そんな気持ちになる。
「ロール…」
きっとそうなんだろう、素直にそう思えた。
◇
「よし」
左手のバスターの修理と右腕の武器の装着はできた。今はこれくらいしかできない。娘にも会わせる顔も―
「キミがあの子の事を…守ってやってくれ」
さぁ、戻ろう。
こんなにも空は晴れているのに、頬が濡れていた。
◇ ◇ ◇
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙…」
「バブゥゥゥゥウウウウ…」
ロケットを打ち上げてから"数日"、オレ達は打ち上げ台の片付け作業を一時中断していた。その原因は、
「あづい!あづいあづいあづいあづいあづいあづい!」
「…ヴゥ」
「なんじゃお前達なっさけないのう!日陰で休んどらんでこっち来て手伝わんかい!」
麦藁帽子をかぶったジイさんが無駄に元気に機材を運んでいる。日差しを浴びてまぶしいぜジイさん。今はお気に入りの湯飲みに注いだ冷たい麦茶を飲んで、ゆっくり休みたいんだがな。…もう返す言葉もでねぇ。
「たったったっ、た、た、たぁあ!」
トロン許せオレ様には何号かわからねぇ…
「落ち着け。どうしたんじゃ?」
「トロン様からの連絡がきましたぁ!」
「何ィ!」「何じゃと!」「バブウ!」
「尾翼部がとれちゃったそうですぅ!」
なんで尾翼部が?いや、今はそんなことよりも、
「連絡係に伝えろ!緊急着陸タイプ3だ!準備も同時に取り掛かれ!」
「ラジャー!」
一刻の猶予も無い、オレ様達が数多く直面してしまう出来事。こういう事は経験していても焦って、命を落とす場合もある。だから指揮官というものは要求される。
「さて、ワシは人を集めてくるかのう」
ジイさんに到っては、騒ぐどころか落ち着き過ぎてかえってこっちが焦っちまう。
数十秒後、ロケットを確認。
「確かに、尾翼"部がない"。トロン!聞こえるか?」
『こちらトロン、聞こえますわお兄様』
「正直に言っていいか?」
『え、ええどうぞ?』
「ちょこっとだけだな」
『え、ええ』
「なんだこの慌て様」
『でも一応…』
「なんだ?」
『ロックが…その、落ちたみたいですわ』
「ハア?!なんだと?」
『"尾翼部の先にいたロックごと"落ちたの…』
ダメだ、なんか頭が真っ白に…
「て、ティーゼル様っ!」「お気を確かにっ」
「お、おう。大丈夫だ…」
『一応生存はしているらしいのですが…』
その数分後、トロン達三名+三体は怪我も無く無事着陸に成功した。…少ないと思ったらいつの間にかついていってたのかよ。褐色の肌に独特の服を着た女の子がいつの間にかこっちに歩いてきていた。
「んー。ちょうどあの島に着陸?したみたいね。こっちからは"通信"できないみたい」
「それじゃあ少人数だけで行きましょう。グスタフを運搬用ドラッヘでテュレース島へ!」
一体誰だこの女の子は?ってーかいきなりなんだ?話が読めん。
「トロン一体どいうことなんだ?オレ様にはさっぱり…」
「貴女は先にロックの応援に向かってあげて。私が説明するから」
「頼みましたわ!ごめんなさいお兄様!いくわよあなた達!」
「あ、オイ!トロン〜!」
コブン達が声を上げてトロンについていく。そして目の前の女の子は、
「あ、そのまえに…あの子のお母さんを―」
ロールとジイさんはなにやら話しているようだし、なんか変なカプセルがあるし、あついし…。
「わー何だコレ!浮いてるぞ!」「中に人が居る!」「あー!アノ時の人だー!」
「ええい!うるさい!と、とりあえず反省室に行こうか…」
心が折れそうだ。
◇ ◇ ◇
「データ」
「どうしたの?ロック」
データが地上に戻る前、ボクはひとつだけお願いをした。
「そんなことしなくても大丈夫だよ?」
「それでもいいんだ。じゃお願い」
「わかったよ、ロック」
データが目を閉じる。ボクもゆっくり目を閉じた。
『失った"データ"を少しずつ思い出せるようにしてほしいんだ』
全てを思い出したとき、ボクはどうなるのだろうか。
変わらないままでいられるのだろうか。
一体誰になるのだろうか。
それが不安だった。
◇ ◇ ◇
「…しばらく動けそうに無いかも…」
すごい高さから、すごい速さで、山の斜面を滑ったんだこれで無傷だったら飛行技術はいらないよね。さすがに、調査隊くらいはくるだろう。
―その間だけ、眠ろう
「少しだけ…ね」
瞼が下りると同時に、意識も切れた。
◇
『―――』
「―ハッ!」
日差しの眩しさで意識を取り戻し、飛び起きるように目覚めた。その時―
「ん?」
身体に違和感を覚える。主に腕。まず、右腕を見てみるとロケット内において置いたボックスの中に入っていた特殊武器らしき武器が"装着"してある。特殊武器のタイプによっては腕もしくは肩から切り離して交換するタイプと、腕から手にかけて装着するタイプがありこれは装着タイプだ。
あの時は暗くてよく見えなかったけど、どうやらロールちゃんが作ったのはわかる。
「でも、誰が?」
少なくとも自分で付けたということはまずない。というか
「君が付けたの?」
隣に居たリーバードの側には空になったボックス。
「君の目的は一体何なの?」
返事は返ってこない。が、リーバードは突如動き出し、森の中を進む。それはとても不思議で、一人で勝手にという感じではなく、
『どうしてついてこないの?』
そう言っている様な気がしてならなかった。ボクはその後ろについて行く。
森の隙間から日の光が差し込み、木々や大地に反射し辺りを明るくする。動物が生きる領域。異物のある領域。異物、ボクにとっての異物は遺跡の残骸や機材がポツポツと存在する。マザーやシステムにとっての異物は人を含む自然全て、なのかもしれない。何故こういう事を考えてしまうのだろうか。
"ボクはこんな考えをする人だっただろうか?"
「きっと昔のボクがそう考えていたのかな」
誰も答えはしらない。答えは自分が持っている。
◇
未完
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